4年間の物語(青柳遼太)

はじめまして。

4回生MFの青柳遼太と申します。

まず初めに、OBOGの皆さま、並びに関係者の皆様、立命館大学男子ラクロス部への多大なるご支援と応援、心より感謝申し上げます。今後も引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

ブログを回してくれたふうあは元気でしっかりものです。休暇のたびに北海道から飛んできてくれます。僕がグラウンドに到着するといつもいるイメージなので、かなりはりきって来てくれたのだと思います。大学は違えど、最後まで一緒に戦えてよかったです。

さて、ブログを進めていこうと思います。拙い文章にはなると思いますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

入れ替え戦から1か月ほどが経ち、ようやく引退した実感が少しずつ湧いてきました。引退した率直な感想としては、まだまだみんなとラクロスをしたかったし、学生スポーツ終わってしまったなと寂しい気持ちが大きいです。入部した1回生の頃、4回生の秋まで部活するのは長すぎるなと思っていましたが、いざその時を迎えるとあっという間です。このように思えるのは、みんなとするラクロスが楽しかったから、最後に1部奪還という目標を達成できたからだと思います。そして、何よりもラクロスを好きなまま終われたことが良かったです。

何を書こうか迷いましたが、1,2回生は僕が下回生の頃を知らないと思うので、4年間の出来事を振り返っていこうと思います。4年間、僕がどんなことを考えて過ごしていたかみたいなことを正直に書きました。(ちょっと長く語りすぎたかもしれません笑)

僕がラクロス部に入部したのは、6月ごろです。コロナの流行から対面授業はほとんどなく、部活の新歓活動もコロナ前よりも小さい規模で行われていたはずです。その頃の僕はというと新歓も行かず、実家でぬくぬくとオンライン授業を受けているだけの生活でした。6月になりいよいよ部活を探そうということで、高校の先輩がやっていたラクロスの見学に行きました。先輩たちがプレーする姿を見て、デカくて、速くてかっこいいなと思い、入部を決めました。入部をしてからは、周りの1回生に追いつくことに必死でした。クレードルの壁にぶつかり、持ち替えの壁にぶつかり、自分はセンスがないんだろうかと悩みつつも、何もかもが新しい動きでおもろしいロスポーツだなとも思いました。しかし、サマーはほとんど出場できず、チームは優勝という何とも言えないもどかしさがありました。そこからは、1回生コーチの2人に引っ張っていただき、ウィンターに向けてたくさん練習しました。朝練のはずなのに、グラウンドで日没を迎えるなんて日もありました。そして、徐々に上達していき、試合にも出れるようになってきました。京都カップで初めて点を取れた時は本当に嬉しかったし、今でも鮮明に記憶に残っています。そして、ウィンターは3位という成績で僕たちの1回生チームは終わりました。1回生の時はとにかく周りに追いつこうと必死だったこと、ラクロスの魅力を少し感じることのできた年でした。いろいろ教えていただいた1回生コーチのお二人には感謝しています。ありがとうございました。

2回生では上回生との練習が始まり、これまた周りに追いつこうと必死だったと思います。特にフィールドスポーツならではの2on2や3on2、クリライの動きを理解するのに苦労しました。広い視野と瞬時の状況判断が求められるラクロスは難しすぎないかとずっと思ってました。グラウンドでは動きが分からず、終始おどおどしていたと思います。けれどそんな時でも、当時の4回生を中心に丁寧に、優しく教えていただき、苦しみながらも楽しくラクロスをすることができていました。

7月ごろ、SDFとしてAチームの練習に参加できることになりました。ミスを連発しながらも練習や試合でアドバイスを送っていただいた岩下さんを中心とするDFメンバーには感謝です。そうして、リーグ開幕戦の京大戦に出場しました。試合はシーソーゲームで、とんでもなく緊張しました。チームは惜しくも負けてしまいましたが、自身の力のなさを改めて痛感し、もっと頑張ろうと思えた試合でした。

しかし、京大戦の次の練習で右肩を脱臼。2か月くらいで復帰できましたが、そのシーズンは入れ替え戦まで試合に出ることはできませんでした。怪我をしてからは、試合を外から見ることが多くなり、チームの勝敗にあまり一喜一憂できませんでした。周りの先輩、同期はチームを背負って戦っているのに、自分はノンプレッシャーで試合を見ているだけ。情けないですが、この状況をなんだか気楽だなと感じてしまう自分もいました。また、練習にもあまり熱が入らず、自分がどこに向かって、何を目指して練習しているのかがよく分からなくなっていました。2回生の秋の時期にもっと練習しておけばよかったなとは今でも少し後悔しています。

チームは入れ替え戦で大阪大学との対戦が決まりました。試合まで1か月ありましたが、その間チームは劇的に変わりました。こんなにチームって変わるんだと思いました。4回生を中心にチーム全体が1つになったような感覚があり、特に、4回生の絶対に1部に残るという、ものすごい熱量を感じました。また、僕たち2回生も巻き込んでいただき、全員で朝練や自主練をやっていました。結果的には、入れ替え戦に勝ち、1部残留が決定しました。僕はスタンドからの応援でしたが、ほんとうに感動したし、来年頑張ろうと思えました。

 3回生になり、試合にも少し出場できるようになりました。このころはFOとSDFを兼任してやっていました。FOは1回生の頃は8番手として、つまり8人いたわけですが、気づいたら僕1人になっていました。FOはとても難しくて、全然ポゼッションとれずにチームには迷惑をかけました。けれど、FOについて教えてくれた直輝さんとそのころから強すぎた作田とやったFOはいい思い出です。結局、6月にまた肩を脱臼してしまい、FOはできなくなってしまったので、SDFだけをすることになりました。

 ある日、回生LINEにリーグ戦の自己紹介のために、自分のストロングポイントを書き込んでくださいっていうノートが送られてきました。ほかのメンバーはGBやショット、1on1とかを書いていて、「あー確かに、そうだなあ」と共感できるものばかりでした。誰とは言いませんが、体の大きさと書いている人もいて、それも納得でした。そして、いざ自分の得意なプレー、強みって何だろうなと考えましたが、全く思い浮かびませんでした。3回生のこの時期にして、僕は強みといえるプレーや特徴がなかったのだなと気づきました。ノートには仕方なく、笑顔と記入して、これからの練習では自分の強みを作ろうと思いました。けれど、思ったはいいもの、何から手をつけていいかは分からず。まずは1on1から頑張ってみようと思いました。とにかく量をこなそうと思い、アフター1on1やってるときは絶対に入ろうと決めました。また、このころからラクロスの動画を見るようになりました。SDFの面白さを少しだけ感じることのでき、自分の中でも少しずつ上達している実感はありました。

そして、3回生のリーグ戦を迎えましたが、同期や後輩までもが活躍をする中、僕はSDFとして少しだけ試合に出るだけでした。また、リーグ戦後半は試合にも出場できない悔しい結果となり、リーグ戦を通して、勝利に貢献できたと思えることはありませんでした。そんな中、チームは2勝3敗1分けで入れ替え戦が決まりました。

そして、入れ替え戦では僕自身1回も出場することなく、チームは入れ替え戦に負けて2部降格。何もできなかったなという自分自身への無力感しかありませんでした。

入れ替え戦の翌日から新チームが始まり、回生ミーティングを重ねました。チームの目標は一部奪還。また、強い立命館を作る土台を作ろうという話も出ました。こうして最上回生になり、チームについて考えていくうちに、今までは自分のためにラクロスをしていたのが、そうではなくなったと感じました。たとえリーグ戦を全勝で終えたとしても、入れ替え戦で勝たなければ、来年以降に一部で戦うことはできません。そのため、自分のためだけでなく、チームのため、そして来年以降に一部で活躍する後輩たちのためにラクロスをしたいと思いました。チームのことを考えることで、自分の中に責任感が生まれたというか、スイッチの入った瞬間でもありました。これは僕の主観ですが、自分のためだけに頑張ろうとするとどうしても限界があり、甘えてしまったり、結果が出なくても自分1人の責任で済ませてしまいます。けれど、チームのために頑張るということを考えると、より責任感が生まれて、頑張らないといけないと思いました。また、一部奪還という目標を絶対に達成したいという強い気持ちも湧いてきました。

そして、最後のリーグ戦に向けての練習が始まりました。シーズン初めの練習試合では、全く勝てず、勝ち切れず。焦りもありましたが、試行錯誤を重ねていく中で、チームとして、個人としての成長は実感していました。また、4回生になってようやく、自分の得意なことや目標とするプレースタイルも徐々に見えてきました。僕はシーズン序盤はOFもしていたことから、点を取ることに楽しさを感じていました。また、ランシューの練習が好きだったので、試合でランシューで点を取りたいと思うようになりました。そこで僕は「点を取れるSDF」を自分の強みにできるように頑張ろうと思いました。目標が決まると練習もしやすくなりました。SDFで点を取るためには、いろいろなことが必要になります。ショットを見切ってブレイクを作ること、クリアをあげること、ショットを決めること。自分に何が必要でどんな練習をしたらよいかが、少しずつ分かってきた気がしました。今までやみくもに打っていたシュートも試合を想定しながら、打つようになりました。

また、何よりこの時期はラクロスを楽しめていました。練習で上達を実感できること、いいプレーが出たら全員で盛り上がること、練習試合で1部校に勝ったこと。振り返ればたくさんのいい思い出があります。

 そして、最後のリーグ戦が開幕しました。全勝優勝を目標としていた中で結果は4勝2敗。リーグ戦では、勝つ喜び、1点差で負ける悔しさなどのいろいろな感情を味わいました。

大事な試合で勝てずに苦しい時期もありましたが、だからこそ、次の試合で勝てたときの喜びは大きかったし、頑張れたんだと思います。ずっと勝ち続きのチームもいいですが、負けを味わったからこそ頑張れたし、次へのモチベーションにもなったと僕は思います。しかし、関大戦の4Qほどヒリヒリする瞬間はなかなか味わえないし、もう味わいたくはないです。競った試合で勝てていなかった状況で、関大戦を1点差で勝ちきったことが入れ替え戦にもつながる勢いを生んだと思います。

個人の振り返りを少しすると、結局リーグ戦では1点も取れませんでした。SDFで点を取るのは、簡単ではないなと改めて感じました。けれど、練習してきたことは間違っていなかったし、今の自分の実力は出し切れたと感じられるリーグ戦でした。

そして、最後の入れ替え戦。

試合時間が少なくなった時、いろいろな感情がこみ上げてきました。目標だった一部奪還ができそうだという嬉しさ、あと3分でみんなとするラクロスが終わってしまうという寂しさ、

チーム全員がAll inして掴み取った勝利、一部奪還だと思います。

以上が僕の「4年間の物語」です。長い間読んでいただきありがとうございました。

読んでいただいて分かるように、物語には波があり、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。すべてが順調に進む物語はきっと読んでいて面白くないはずです。良い時も悪い時もあり、それを含めての物語なのだと僕は思います。ラクロスだってそうです。チームが好調な時、全く勝てないとき、個人的にやる気が起きないとき、いろいろな場面があり、その一つ一つが物語を作っています。どんな物語になっても、最終的にハッピーエンドな内容を書くことができれば、それが一番素晴らしいと思います。

最後にお世話になった方々への感謝の気持ちを綴って終わりにしようと思います。

まずは22年間、僕を育ててくれた両親をはじめ、家族に感謝したいと思います。小学校の野球から始まり、大学生でラクロスまでできて、家族のみんなの支えがあってこそだと感じます。リーグ戦もインスタライブ越しで応援してくれて力をもらえました。

高校2年生の弟に、大学でラクロスするかLINEしたところ、「無きにしも非ず」と返信が返ってきたので、ラクロス用具は少し残しておこうと思います。

次に、同期の4回生。楽しいこと、苦しいことがたくさんあったけど、みんなと成し遂げた一部奪還は最高なものでした。今後はそれぞれの進路に進むことになりますが、いつでも僕の地元の栃木にきてください。度々、田舎いじりをされてきましたが、1度来れば栃木の大都会ぶりに驚くことでしょう。パスポートは要りませんので、新幹線でお越しください。

3回生。真面目そうに見えて、ぶっとんだ人が多い印象です。3年間一緒にラクロスができて楽しかったです。今年一部奪還できたのも、3回生の力が本当に大きかったと感じています。来年のリーグ戦では、1部の舞台で存分に暴れてください!

2回生。元気すぎてうるさい人もいれば、静かでおとなしい人もいる。個性豊かで面白い学年だと思います。ラクロスでもみんながすごいポテンシャルを秘めていると思います。特にブラザーのテツとイッシュウの今後の成長した姿を見るのが、とても楽しみです。

1回生。ウィンターお疲れ様でした。みんなの頑張りにパワーもらいました。入れ替え戦後の1か月間、一緒に練習してきて、すごい成長してるなと感じたし、選手とスタッフが一体となって戦っていたと思います。来年以降のリーグ戦での活躍を期待してます!

最後にOB・OGの皆様、コーチの方々

不自由なく活動ができているのも、OB・OG、関係者の皆様、コーチの方々のおかげであると実感しています。今後も引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

ブログは以上になります。長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

次はゆきに回します。

スタッフの人数が少なく大変な時期もあったと思いますが、入れ替え戦で勝った瞬間に、ゆうなと腕組みながらグラウンドまで走ってるのを見て、僕も嬉しかったです。あと、ラクロス部において部費を集めるほど大変なことはなく、ほんとうに頭が上がりません。それではゆきのブログに期待しましょう!